フューチャーマッピングとは、未来から現在へ流れる波を描き、未来と現状のギャップを埋めるように発想を広げていく思考法です。
自分の才能を見極めるフューチャーマッピングのプロセスは、ハーバード大学のロバート・キーガン教授が提唱した「免疫マップ」という方法論と共通する点が多くあります。また、物語を創作しながらソリューションを生み出すまでのプロセスは、MITのオットー・シャーマー濱瀬によってパターン化された「U理論」と呼ばれる未来を出現させるプロセスと共通しています。「免疫マップ」も「U理論」も、複雑な課題に効果的に対応できるリーダーを育成するための研究ですが、フューチャーマッピングは、どちらも一枚のチャートで再現することができます。そのうえ、物語を創りながら解決に向かう行動シナリオを導き出すので、楽しみながら結果を出すことができるのです。
問題解決には、テクニカル(技術的)な問題解決と、アダプティブ(適応的)な問題解決の2種類の方法があります。テクニカルな問題解決は、たとえば飲食店の経営においての「メニューを変える」「ポイントをつける」「広告を出す」といった戦術面でのアプローチのことです。このようなテクニカルな問題解決は、即効性がありますが、一時的な対症療法で終わってしまう可能性もあります。一方、アダプティブな問題解決は、より根本的な部分にアプローチする方法です。自らがすべてをこなす「プレイヤー」から、後進を育てる「リーダー」へ成長することがそれにあたります。このように、環境の変化に対して適応するように自らの内面を変化させていくことが、アダプティブな問題解決です。
ハーバード大学のロバート・キーガン教授の研究によると、アメリカの経営者の約8〜14%が自分の知識・情報・経験の範囲内で解決策を組み立てる自己主導型知性、約34〜35%がまわりを見て意見を決める環境順応型知性を持っているといいます。つまり双方を合わせた42〜49%もの経営者が、過去の体験や自分の価値観に基づいてしか解決策を組み立てられないということです。しかし、市場環境が日々変わっていく現代では、過去の体験の延長線上にある決定には価値がありません。これからの経営者やリーダーには、過去の成功体験を超越して、新しい環境に適応できる変化を起こす力が必要となります。それが、自己変容型知性。この自己変容型知性を持っている経営者は全体の1%にも満たないといいます。
フューチャーマッピングは、この自己変容型知性を育てるための方法です。フューチャーマッピングが自己変容を促すことができるのは、物語という形式をとっているからです。物語は、主人公が自身を深く見つめることから旅に出るところから始まり、これまでの自分では想像もつかなかったような方法で敵を倒すことで、過去の自分を超越。成長を遂げて、英雄として帰還するというパターンがあります。つまり、ストーリーにはそれだけで創作者の変容を促す力があるのです。そして、その手法を目の前の課題に取り組むために応用するのがフューチャーマッピングです。
フューチャーマッピングは、多くの企業やビジネスシーンで取り入れられている思考法ですが、その効果は教育現場でも発揮させることができます。当初学校では、まず教員が自らの仕事をより充実させるツールとして、優れた授業デザインや学級運営の計画づくりをするにあたりフューチャーマッピングを活用し始めました。すると、キャリア教育の一貫として、生徒自らに考えさせるための教育ツールにフューチャーマッピングを活用する中学校、高等学校が増えてきました。また、大学受験の面談の準備のひとつとして使用することで、推薦合格者が増加したという高等学校もあります。
障がい児教育に長年携わってきた教師の言葉を借りれば、フューチャーマッピングは、これまで心理学で言われてきた「動機づけ」や「行動変容」といった理論をはるかに飛び越えているといいます。それは、チャートに関わった人の行動を直接的に変えることができるから。フューチャーマッピングによって行動をプラス思考に変えていく教育は、現在の教育現場の課題を解決するひとつの大きな手法です。
フューチャーマッピングは、一枚のチャートを描くことで物語を創作していきます。まず、課題とは一見関係ないようなストーリーを描き、問題を過去からの延長で解決しようとする思考を切り離します。このとき、物語の主人公は、自分が幸せにしたいと思う具体的なひとり。右上のコーナーにその人の名前をスマイルマークとともに書き、その主人公が120%幸せになれるようなストーリーを創っていきます。実は、この第三者の主人公は自分の内面を映し出す鏡。そのため、時間の経過とともに幸せへと近づいていく物語を描くと、必然的な結果として自らが満たされるハッピーエンドを迎えることができます。
物語が完成したら、そこから得られた教訓やヒントを、現実的な問題解決に活かしていきます。目の前の課題を、物語という抽象度の高い領域で考えることで、狭い認識の世界を飛び出し、さまざまな視点を経験することができるのです。そうして得られた広い認識をもって、ふたたび現実の領域に戻ることで、より効果的かつ確実に課題を解決することができるようになります。このアプローチはうたた寝のときに見た夢から、創造的な発見や発明をする科学者たちの思考法をそのままチャート化したといえるものです。
まとめると、フューチャーマッピングのプロセスは、3つのステージに分けられます。
1.物語の創作により、アイデアを拡散
日常から離れ、発想を広げることで、現実的な枠を超えたアイデアが生まれる。
2.できないという自己認識の変化
物語を描いているうちに「自分にもできるかもしれない」という認識の変化がおこる。
3. アイデアを収束し、行動シナリオを描く
「できるかもしれない」という認識に変わったことで、行動へのポジティブなモチベーションが高まり、想像上の物語を現実的な課題と結びつけることで行動シナリオを描く。
物語を創作することは、価値のあるメッセージを文化や思想、世代の違いを超えた広範な対象に広めるため、誰もが意味を感じられる共通イメージを、メタファーを使って伝えていくクリエイティブな試みです。そして同時に、多数の視点がぶつかり合う複雑な内容を整理し、筋道を立ててわかりやすく伝えていくロジカルな試みでもあります。つまり、ストーリーを描くことは、クリエイティブかつロジカルな思考が求められる行為です。こうした高度な思考技術は、これからのビジネスシーンで大きな役割を果たします。なぜなら、自動車や家電製品といった目に見えるものをつくることに価値のある時代から、アーキテクチュアル・デザイン、コンテンツ・アグレゲーション、データサイエンスといった目に見えないものが価値を生む時代に移り変わっていくからです。
しかし、クリエイティブな知性とロジカルな知性は、プロジェクトが抽象化すればするほど、お互いの言語が理解できず衝突や葛藤を繰り返してしまいます。だから、フューチャーマッピングを通して、クリエイティブな知性とロジカルな知性の両方を育むことで、組織の分裂を防ぎ、違いを包み込むようなリーダーシップを身につけることにもつながっていきます。
上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカーの日本代表として活躍後、1998年、経営コンサルタントとして独立。コンサルティング業界を革新した顧客獲得実践会(のちに「ダントツ企業実践会」、現在は休会)を創設。同会は、のべ2万人におよぶ経営者・起業家を指導する最大規模の経営者組織に発展、急成長企業の経営者、ベストセラー作家などを多数輩出した。1998年に作家デビュー。分かりやすい切り口、語りかける文体で、従来のビジネス書の読者層を拡大し、実用書ブームを切り開いたため、出版界では「ビフォー神田昌典」「アフター神田昌典」と言われることも。『GQ JAPAN』(2007年11月号)では、“日本のトップマーケター”に選出。2012年、アマゾン年間ビジネス書売上ランキング第1位。2014年5月、米国ウォートン校が主催する「ウォートングローバルフォーラム東京」における特別講座にて、唯一の日本人講師を務める。11月、自ら開発した知識創造メソッドであるフューチャーマッピングを、米国研修企業の招聘によりセミナー開催。スタンディングオベーションが続く大絶賛を受ける。ビジネス分野のみならず、教育界でも精力的な活動を行っている。現在、株式会社ALMACREATIONSの代表取締役、公益財団法人・日本生涯教育協議会の理事を務める。